ほらふき男爵“世紀末ドイツ旅行記”


第七日目
7月8日(木)

7月8日(現地時間AM06:30ごろ)

今日も今日とてミュラーのパンでござ います。もう顔馴染となったのか、今朝買ったパンはひと袋多うございました。さては、吾が輩のこの美しさに免じてサービスでは――と言うよりも、他のお客 さんの分を間違って包んでしまったのが実情でございましょう。黒くて大きい、漬け物石の三分の二ほどもある黒パンでございます。これは保存が効きそうだか ら、義妹が寮に持って帰って食べるのだとか。

して、お店の開店時間を待ってマリーエン広場に。もうお馴染みになった観もありますが、ヴァイン通りを北上してやはりオデオン広場に。ちなみにさらに北上すると、ミュンヒェン北門へと至ります。吾が輩一行はレジデンツ通りを、宮殿の外壁を眺めつつ下りました。見事な意匠がほどこされているなぁ、などと吾が輩感心しているところへ、義妹が『これ、みんな描いて済ませたんだって。ちょっと貧乏くさいよね』
なるほど目を凝らしてよく見ますと、丸い窓のまわりを飾っているのは石細工ではなくただの線でございました。そういえば、たしかリンダーホーフ城で部屋々々にある壁画を添乗員さんが説明したとき、
『ルートヴィヒ王は、これらすべての壁画を本当はゴブラン織りで作り上げたかったのだそうですが、資金繰りがつかなかったので直接壁に書き込むことで済ませたのですね』などとおっしゃっておられましたから、もしかしたらこの壁の模様も、そのような事情からやむなく施されたのやも知れませぬな。

レジデンツ宮殿は、歴代バイエルン王であったヴィッテルスバッハ家の王宮にございます。14世紀に大公シュテファンV世が建設した城砦がその前身になっておるそうで、以後増改築が繰り返され、こんにちの姿になったそうでございます。レジデンツ宮殿の中庭には簡単に入れますが、とくに見物するような物とてなく、また駐車場代わりに使われていたりして、いささか味気ない景観でございましたわい。さらに下がってマックス・ヨーゼフ広場に面した入館口から、博物館に入るのでございます。
こちらはかなり厳重な警戒が敷かれているようでして、貴重品以外の持ち物はすべて受付に預けなくてはいけません。入口に立つ七割ほど禿頭化した係員さんも 背が高く恰幅もよろしくて、なによりその強面に、『こりゃこちらも撮影禁止であるかな』などと独り合点してしまいました。


レジデンツ宮殿は、歴代君主の宝物が所蔵されておりますので、さまに宝庫の名にふさわしい展示品が並べられておりましたわ。しかしこれだけの貴重な品々で ございますから、吾が輩なおさら撮影禁止であるとばかり思い込み、目を皿のようにして脳細胞に激しく記憶を書き込んでおりましたわ。そこへフラッシュ無し なら撮影可能と耳にしたのですから、コンパクトフラッシュのメモリもかなり空きがありましたので、それこそ世界あまたの征服地から、数々の歴史的遺産を強 奪してきた大英帝国よろしくシャッターを切りまくりました。ただ悲しい事に、露光が不十分なのかあるいは吾が輩自身がアル中の禁断症状で手が震えていたの か、ボケてしまった写真も多々あるのがなにより
残念でございます。

次には宮殿内を見学。こちらには小さな教会と言いますか、祭壇と木の長椅子がしつらえられている一角などもありました。また、かのルートヴィヒ王の頃には、屋上にガラス張りの熱帯植物園と人口の沼が造営され、王はそこを遊覧用ゴンドラに乗って愉しんでいたそうでございます。
このレジデンツ宮殿は言うまでもなくミュンヒェン市内にございますので、第二次世界大戦末期には、やはり連合軍の猛撃にさらされずにはいられませんでし た。して、全壊までは至らなかったものの、被害は甚大であったと出口直前のあるコーナーで何枚かのパネルに表示されていました。実際見学コースには、宮殿 の奥まった部分に位置する
教会があるのですが、こちらはおおよそがシートに覆われ、職人さんが胸像や天井画などを修復しているところをじかに見ることが出来ました。
で、その教会と宮殿のつなぐ、とある小さな中庭面した回廊があるのですが、そこにはとてもで正視できないほどに
奇態な噴水がこさえられておりましたわい(ああ、いま思い出しても吐き気をもよおしますぞ! オエー)。それはインド神話を基にしたと思しきデザインなのですが、その装飾が全体にちいさな貝をちりばめて作られておるのですわ。
かつてはそれぞれの貝の色で全体を華やかに彩っていたのでしょうが、いまはすっかりコンクリ色一色で、言葉は悪うございますが、はた目には田舎の公園にあ る、もうダメになったオブジェのようでございました。それになりよりも、細かい貝のブツブツ感が、あばたを通り越して癘病患者のようでして、気持ち悪いの 悪くないのどころの話ではございませんでしたわい。

して、すべてのコースをまわり終えたところで、リュックなどを受け取って吾が輩いったん外に出たのですが、珍しくなにか記念に買って帰ろうなどという気が起こりまして、さてなにが良かろうかと思案していたところに、『お兄ちゃん、ルートヴィヒU世のCD−ROMがあるよ』という義妹の声。見てみればきちんとMac版とWindows版があるではありませんか。お値段も七千円しないというので、『CD−ROMなんて “コサキンパンチ” 以来だわい』などと思いつつ、Windowsのドイツ語版を購入いたしましたぞ。
ちなみに英語版もありましたが、ドイツで英語版を買うのはいかにも典型的な日本人観光客らしい無礼であり、またドイツ語の勉強によい(ヒアリング用に)と 考えたからであります。ただ買ってから気になったのが、ウムラウトが表示されなかったりするのではないかという点でしたな(これは日本で動作および表示も 良好であると確認できました)。

レジデンツ宮殿をあとにしまして、吾 が輩たちはそのまま南に下って新市庁舎へ向かいました。ヴァイン通りに面した入口から中に入り、一般用エレベーターで尖塔用エレベーターの受付がある階ま で昇りました。尖塔にある展望台には有料で上がることが可能で、チケットを買って専用エレベーターに乗りこみました。
展望台はミュンヒェン市の全貌をぐるり一望することができ、これで天気が快晴であればなおのこと絶景を悦しめること請け合いでございますわい。北にはミュ ンヒェンオリンピック当事に造成されたオリンピック広場とオリンピック塔。北東にはイギリス公園やバイエルン国立博物館があり、その奥には手塚治虫の未来 都市風な概観のBMW社屋が見えます。そして東にイザール川。南は沢山の歴史的建造物が建ち並び(どちらを抜粋すればよいか、多すぎて選別できませぬ)、 南西にはオクトーバーフェスト会場。そして西には中央駅と、はるか彼方にニンフェンブルク城が望めます。
展望台も “世紀末ドイツ” の煽りからか、床材を修復しているエンジニアの方がお二方いらっしゃいました。お仕事のお邪魔になるのでは、と声をかけたらご両人『平気だよ』と笑顔で応 えてくださいましたわ。そうしてひと通りミュンヒェン市の眺望を堪能し、降りようとエレベーター乗降口に戻りますと、その側には立派な装丁の雑記長が置い てあります。吾が輩、もちろん何事かを書き込まねば気が済みませぬ。そこで、
『世界征服はミュンヒェンから』などとブラックな事は書き込まず、普通に『またミュンヒェンに来ます!』とだけ書き込んでおきました。その字を見て義妹が一言。

『お兄ちゃん、また一段と字が汚くなったね』

そうなのです。それは否定いたしませぬ。なにしろ子供の時分からどうにもならぬ悪筆で、さらに近頃は書面といえばワープロしか使いませぬ。これではなおのこと字は汚くなってゆくばかり。メモならまだしも、封書の宛名書きなどは非常に苦労しておりますわ。

尖塔を降りてから、市庁舎内を見学するべく階段で一階々々を降っていきました。精緻なステンドグラスが 重厚な趣と、また優雅な感じを醸しております。市庁舎を出ると、次はフラウエン教会に入りました。こちらの二つの塔もかなり高くそびえておりますが、それ ぞれ地上から99mと100mといいますから、よくも造ったものだと感心いたします。内部はやはり厳粛な空気で占められておりまして、フラッシュ無しでも おいそれと写真を撮れる雰囲気ではございませぬ。また、こちらのステンドグラスの長いこと長いこと。とてもでデジカメのフレームには収まりませなんだ。

フラウエン教会の次は、もはや何度目 になりましょうか、ノイハウザー通りにやって参りました。ここで吾が輩、先に目をつけていたあの刃物屋さんで、記念にあのスウィッチ・ブレイドを――もち ろん、尾部にキーホルダーの付いたミニチュアですがな。それを購入致しました。昨日買ったものよりひとまわり大きく、全長10pほど、刃渡りは3pの、や はりおもちゃの域を越えないシロモノですわ。それはともかく両者とも、小さいながらに精巧にこさえてありまして、機構はもちろんのこと動作にもまったく問 題がございませなんだ。まこと、さすがはドイツ製でございますわい。それに比べて、かつて鎌倉で買ったインチキナイフは、バネがいかれてたったの一日で使 い物にならなくなりましたからな――はて、なんですと? 本物も買ってきたのではないかですと? 滅相もないですぞお客様! 吾が輩これでも貴族の端くれ、まかり間違っても法を犯すような真似はけして致しませぬ。それになりより、吾が輩こう見えましても至って小心者でしてな。ど うにも最後の決心がつきませなんだ。ちなみに吾が輩の帰国直後にあのハイジャック事件(不幸にも、日本で初めて死者が出てしまいました。亡くなられた機長さんのご冥福をお祈り申し上げます)が起こりましたので、いずれいつか再訪独しても、おそらく吾が輩があれを持ち返るような事はおそらくありますまいて……。

さて、家族はもはや服飾には興味を示さず、インテリアや食器、そしてなぜか寝具店などを見てまわり、たしか布団シーツを四枚ほど買っていたように記憶しております。
夕刻が近くなりますと、もはや肌寒いと言うよりも冷え込んできまして、どこかのカフェーで暖をとろうということになりました。ついでにクーヒェン(ケー キ)もおやつにいただこうという事になり、吾が輩たちはあのレジデンツ通りにあったお店に白羽の矢を立てました。いつもの順路を北上し、お店に入ると時間 的なものか席はまばらに空いており、幸運にも吾が輩たちは窓際の席に座ることができました。吾が輩が注文したのはザッハトルテとロシアン・カフェ。ザッハ トルテは存じておりましたが、耳慣れぬロシアン・カフェに興味をおぼえ、義妹とともに頼んでみました――すると、一口すすってこれはビックリ! ロシアン・ティーのように蜂蜜やジャムが入っているかと思いきや、なんと入っているのはブランデーですぞ!
それにしても、コーヒーとブランデーとは何たる取り合わせでございましょうか? コーヒーの味などちょびっとしか感じられず、これはただの黒い洋酒でございますわ。それにアルコール度数も高いでございましょうから、口をつけるそばから 吾が輩の胃のあたりから熱が沁みわたっていきよります。そもそも、ビールがどうにか、日本酒は危険信号の吾が輩が、ブランデーなどもってのほかです。一口 呑んではザッハトルテ、また呑んではザッハトルテでどうにか杯を干し(だいたい、カフェーなのにグラスが出てきたところでヘンだなぁと思ったのですよ)、 吾が輩すっかりほろ酔い男爵になりおおせましたわい。
義妹はやはり呑みきれずに残してしまいました。ともあれクーヒェンだけは美味しくいただけたようで、吾が輩一行は上々の心持ちでお店をあとにしました。

外に出ると空気は冷たいのですが、ロ シアン・ティーが幸いして、吾が輩ポカポカ気分で歩くことができましたわい。その後はしばらく市内を散策し、本日は早い目にホテルに戻りました――して、 今夜のお夕飯ですが、今夜は外には繰り出さず、部屋でケバブを食べようという事になりました。買い出し要員は吾が輩と義妹の二名のみ。さっそくとんぼ返り でS−BAHNに乗り、中央駅まで行きましたわい。
目的地は先日のあのお店でございます。そう、半分イタリアンで半分トルキッシュなあのお店。あすこはテイクアウトが可能なのですわ。ですがその前に吾が輩 の会社へのおみやげと、妹の日用品を買うためにミュラーに寄りました。おみやげは結局ありきたりではありますが、モーツァルトのチョコ20粒入りを二箱購 入。自分にはミルカという、板チョコのナッツ&レーズン入り、コーラ味のグミ、ナッツチョコをウエハースで挟んだビックリマンチョコのようなお菓子を買い ました。ウエハース以外は日本でも輸入品店などで売られておりまして、特にコーラのグミは渋谷の109の地下で吾が輩も買ったことがございます。しかしミ ルカのナッツ&レーズンは日本では販売しておりませんとのこと。こりゃ貴重品ですわい(食べてからの感想としては、ミルカはプレーンなほうが美味しいです な。あのまろやかな甘さは素朴ながらも上品と称するに値いしますぞ!)。

さて、問題のケバブでありますが、注 文しようと店先で順番を持っておりまして、吾が輩ふとケバブの炙り器を一瞥しますと、お肉はずいぶんとお痩せになり、そのうえ縮こまっておられる様子。そ して注文致しますと、お店のお兄さんはニコニコしながら、『まだ焼けていないから、あと15分ぐらい待ってくれないか』とのこと。吾が輩たちは仕方なし に、先にサラダなどを買っておこうと、別な通りにある惣菜専門店に向かいました。
その途上で、義妹が急に別れた彼氏の話を切り出しよりましたわ。その御仁はシュテファンと申しまして、年端32歳ですから吾が輩よりも年上。金髪で背丈が 190pはあろうかという偉丈夫だったとのこと。吾が輩も写真を見せてもらいましたが、金髪で三十路には見えぬほどの童顔で、一見は好青年でございました わ。しかし彼はかなり自分に、そして家族や職場にコンプレックスを抱えていたようで、自分の間違いを指摘されるのがなにより嫌いという、かなりのアダルト チルドレン(ああ、なんて恥ずかしい言葉……(羞恥))であったようでございます。知り合ったきっかけは語学学校時代らしく、彼はかつて日本に留学してい たそうでございます。義妹が申しまするに、シュテファンは日本人の女性は外人に 特に甘いので、無理を言ったり身勝手に振舞っても許してもらえるのでは――と言うより、そうしたかったような節があったそうでございます。
そのようなバカな話、他の日本人女性ならいざ知らず、吾が輩の義妹にそのような真似は断固として許せませぬ。しかし、そこは吾が輩の義妹。世が大正デモク ラシーの時代であれば、かならず青鞜社にて平塚らいてうの片腕になりおおせんとしたであろう才女にありまする。女性に愛の包容力を無理強いするような惰弱 な男など、これっぽっちもみとめませぬわい……さすれば、まぁ口喧嘩などにはなりまするわな。当然ドイツ語を使わば、生まれてこのかた使い慣れたシュテ ファンには勝てませぬ。そこで義妹は英語を使い、負けじと論陣を張ったというわけ。果たして英語力は義妹に分があったらしく、言いくるめられることはな かったらしいのですが、これではおたがい平行線はおろか、異なるベクトルに向かうのに、そう時間は要さなかったようでございました――。
吾が輩なんと申してよいやら言葉に詰まりましたが、相手があんまりな人物だけに、早いうちに本性が露見して良かったとか、これで終わりじゃないのだから、 などと月並みななぐさめでお茶を濁してしまいました。こればっかりは、いくら家族であっても第三者でしかありませぬからなぁ。難しゅうございますわい。

さて惣菜店ですが、こちらはサラダや らフライドフィッシュなど揚げ物や、ハム類を扱っておりまして、テイクアウトは当然のこと、店内で食べることも可能のようででございます。サラダをふた パック(コンビニのサラダの大きくなったような容器)購入し、またケバブ屋に戻りますと、またお兄さんはニコニコしながら、『今日はダメだ。もう焼けな い』などとチンプンカンプンなことをおっしゃいます。どうも彼は最近こちらに来られたトルキッシュらしく、さっき話した時もどこか会話が噛み合っていな かったような気がします。ここで押し問答していヒマもなく、吾が輩二人はなんとミュンヒェンにて、場違いにもケバブを求めて徘徊する羽目に陥ってしまった のです。
中央駅付近を七曲署の刑事よろしく歩き回る吾が輩たちに、行き当たったケバブ屋からはみな冷淡な返事しか戻って来やしません。テイクアウトはしていないとか、もう今日の分がないなど、どうやら時間と目的が吾が輩たちに利さなかったようでございます。

結局中央駅の中にまで入り、そこにあったケバブ屋でもテイクアウトは無理と言われ、そこでこれ以上マゴマゴしてはいられませんので、おなじく構内にあったパン屋さんでテイクアウトできるかを確認し、そちらで惣菜パンを中心にいくつか買い揃えました。
ホテルに帰ってこのたびの顛末を報告し終えてから、さて夕食とあいなりました。それぞれの好みを鑑みて買ってまいりました惣菜パンですが、一つ、またひと つと無くなっていくうちに、どうも注文した数より一個少ないことが判明いたしました。今朝の一個分とこれでおあいこ、ということでございましょうか? ま、一同これで足りなかったということにはなりませんでしたので、それはそれで良しとすることに致しましたわい。

そうして、本日はこれにておしまい。明日はもうこのドイツ、ミュンヒェンを離れなければいけませぬ。名残は尽きねど、致しかたありませぬ。ああ、いっそのこと不法就労者にでもなってしまいましょうか……。

 

お戻りはこちらでございます

7月9日に向かわれますかな?

 

1999.8.21 (C)Mephistopheles von Muenchhausen