ほらふき男爵の“世紀末ドイツ旅行記”
第二日目
7月3日(土)
7月3日(現地時間AM06:30ごろ)
吾が輩の養父どのは朝が早い。吾が輩はもっと寝ていたかったのですが、そこは一つ部屋、カーテンの隙間からもれる光と、洗面所を使う音のWパンチを食らえば、そうもしておられませぬ。吾が輩仕方なしに起きまして、出かける支度をしましたわい。
今朝は義妹と養父どのと吾が輩による編成で、朝ご飯の買い出しにでることから始まりました。義妹のもくろみでは、ホテル斜め向かいにあるストアにて揃えよう、ということであります。すると、その途上で、なんとリアカーを
連結したベンツが路肩に止まっているではありませんか!!
さすが本場、なかなか日本ではお目にかかれぬ光景ではございましたぞ――さてスーパーですが、行ってみたらそこは外装だけが残された、ガラスの向こうは棚
も仕切りも何もないガランドウでございましたわ。ちなみに看板はミュラーという、ドイツでは有名な規模の大きいスーパーでございます。さてどうしたもの
か……吾が輩三人は、あてはなけれど道を逆に歩き、やや行ったところの角を曲がってみると――何のことはない。こちらにはミュラーのパン屋さん(スーパー
とまったく同じマーク)とお肉屋さんがあるではないですか。そこで吾が輩たちはお肉屋さんで飲み物を、ミュラーで各種のパンを買い込みましてな、どうにか
手ぶらでホテルに帰らずにすんだ次第ですわい。
腹ごしらえを終えた吾が輩たちは、さっそくニンフェンブルク城をめざして出発しました。S−BAHNから市電に乗り換え、いくらも経たないうちに降車すると、なんの変哲もない街並みの向こうにはるかに、あの象徴的なニンフェンブルク城の横長の御姿が遠望できるではありませんか。日本風に言えば、大阪市街と大阪城なる取りあわせとなるのでしょうが、吾が輩ちと違和感を禁じえませんでな、ヘンな気分でしたわい。
お城に向かう並木道を歩いて行くと、前庭の大きな池に至ります。ここからぐるりを見渡してみると、お城の外縁の規模が知れ、『さすがはバイエルン王がこさえたお城だわい』と感嘆することしきりでしたぞ。
で、いざお城の中を見学しようと受付に行ってみれば――なんと、お昼休みで閉まってましたわい。そこで、吾が輩一行を含めた観光客はしばし休憩を強制され
ましてな。日陰で一服ですわい(吾が輩は紳士ですからな。きちんと携帯灰皿を持っていきましたのですぞ)。しかし吾が輩一行に、新たな問題が生じてきたの
ですわ。それは――水。のどが渇いてきたのです。ヨーロッパの水は硬水ですから、吾が輩たちのお腹にはあいませんのでな。お城の裏手にささやかな水飲み場
が設けられていたのですけど、腹痛が怖くてとてもで飲めませなんだ。ここは昼食まで我慢するしかなく、『ミネラルヴァッサーは常備しなくては』というの
が、吾が輩一行共通の認識でしたな。
さてお時間が来て、係員の人も来てくれました。義妹が入
場券を買ってみなに配り、吾が輩それを見てみますと、あまりにシンプル。日本であれば映画のチケットみたいにグラビア刷りのやたら大きいものが相場です
が、さすがにドイツ。ザラ紙に味気のない印刷が施されているだけで、大きさも映画チケットの半券のほうに近いくらいですわ。
入場するときも、係員さんが券の一方をねじって切れ目を入れるだけ。無駄がないという意味では結構ですが、ちと無味乾燥な気もしないではないですな――おお、さて宮殿の中で
すが、これはさすがに吾が輩のつたない言葉のみでは語り尽くせませんな。ただ言えることは、宮殿内はフラッシュ禁止。よほど好感度のフィルムを用意してな
い限り、写真は撮れませんわい。しかし吾が輩はデジカメを持っておりますので、フラッシュを停止にして自動露光でバシバシ撮ることができますわい。さしも
に寝室など、肉視では薄暗がりでしかないような場所、あるいは回廊の両側に描かれた、ニンフェンブルク城の歴史の変遷は避けましたがな。あれは画面に入り
きらないうえに、枚数がちと多うございましてな。
宮殿を見終わって、吾が輩一行は待望の昼食とあいなりま
した。後庭の右手にある植え込みの中に、レストランが営業しておりますのでな――で、そのレストランにての事。オーダーを取りにきたウェイトレス嬢を、義
妹がミュンヒェンのとあるカフェーで見た記憶があると申すのですわ。ともあれ、先立つものは食欲で、食事が終わってから訊いてみようということにあいなり
ました。で、料理をきれいに片付けてお勘定。ちなみにこちらのウェイトレス、ウェイターは自分の受け持ったオーダーはかならず自分で清算まで受け持ちま
す。
ま、これはチップなどにも関連するためとは思われますが、それにしてもオーダーをすべてメモにて計算するのは、この技術先進国にしてはちと解せませぬな。
勘定はすべて暗算によって打ち出されます。こう聞くと、お客様がたの中には計算間違いを懸念される御仁もいらっしゃることと思われますな――そう、ご多聞
に漏れず、たまにはそんな間違いもなきにしもあらず、という話でありますわい。それでも電卓などを使わないのは、あるいは彼らは日本と違ってアルバイトで
はなく職業ですので、プロ意識のあらわれかもしれませぬな――そこで義妹いわく。ドイツではたいてい各個人がオーダーをするので、団体が来てもそれぞれの
計算をすればそれで済むので、計算間違いがないのであろう、と。つまり、オーダーをすべて計算させるようなことが習慣としてないのですな……でも、吾が輩
一行はあのウェイトレス嬢に一括で清算させてしまいましたわ。して、義妹の訊くところ、やはりかつてはミュンヒェンの某カフェーで働いていたとのこと。
ま、これはこれでそれだけの話ではありますがな。
そのあとは、後庭左側にある狩猟のための別邸や、厩舎博物館にて当時の馬車や輿などを観覧し、続いてニンフェンブルクの陶器収集館にて精巧なる陶製品(食器のみならず、動物や人間などをかたどった物もございましたぞ)に目を見張り、隠者の庵と呼ばれる狩猟小屋などを見学して、吾が輩一行はミュンヒェン中心街へ戻ることとなりました。
その間も、つのり来るのは喉の渇えでございます。幸い、帰りの市電のプラットフォーム前にアイスクリーム屋さんがございましてな。そこで一同、一時の渇きをどうにか潤した次第にございます。
市電で向かったのは、ミュンヒェン中央駅にございます。これは明日ザルツブルグに行くためのチケットを買う必要があったためですな。それから今度は地下に
入り、以後吾が輩一行の必需品となる、ミネラルヴァッサーをしこたま買い込みました次第。みなが500mlで済ますところを、吾が輩豪快ですから、別に三
倍の1.5リットルをも購入しましたぞ。
これだけ荷物があると行動に不便なので、コインロッカー を使おうかと考えましたが、どうも使用法が要領を得ませなんだ。そこで吾が輩一行とおなじく使い方を確かめていた隣のカップルの男性が、いきなり恐ろしげ な奇声を上げました。要は、一時間1DMは高いということらしく、『こんなの払ってられるか!』という怒声のようですわい。して、カップルはそのままどこ かへ行ってしまい、吾が輩一行だけロッカーの前で悪戦苦闘しておりました。結局、ロッカーは機械自体が壊れているらしく、現在使用不能であることが判明。 しかたなしに、ここはいったんホテルに帰って小休止を取ることに決めました。確かに吾が輩も、背中で1.5lのペットボトルをガポガポ言わせながら歩くの も決まりが悪いですからな(その割には、明日以降どこに行くにもリュックにはボトルが入っているようになるのですが)。
ホテルで一時間ほど仮眠をとり、吾が輩一行はふたたびS −BAHNに乗ってマリーエン広場に行きました。ちなみにS−BAHNのドア自動ではなく、は降りる客がレバーをひねらないと開かないのですな。しかしこ のレバーはかなり重たいので、お年を召したご婦人では無理があるように思われるのですが――その場合は、近くにいる若い衆が代わりにひねってあげるのです かなぁ。さて話は戻りまして、ここから西のカールス門へとウィンドウ・ショッピングと見物を兼ねての散策とあいなりました。新市庁舎から横のヴァイン通り にちょっと曲がり、ふと庁舎に入っている本屋を覗いてみますと……おお、なんとそこには、砲弾を抱えて宙を飛ぶ、吾が輩のご先祖さまの人形が吊られている ではありませぬか!! 吾が輩おどろいて店に飛び込み、これがディスプレイなのか売り物なのかを必死に見てみますと、ブーツに “249DM” の値札がついてございます――ああ、249DMはあまりに高うございます。これにはすぐにも財布のヒモをゆるめるわけにもいかず、吾が輩泣く泣く店を出た 次第でございます。
往来の両側はどこも商店で占められておりまして(ま、当
然でありましょうが)、おみやげ、服飾、靴、いろいろありますが、どれもとんと吾が輩の気を引きませなんだ。それにしても、くるみ割り人形のむき出しの歯
茎は、あすこまでリアルに描かねばならぬのでしょうかなぁ?
王様も郵便配達員も、山のおやじ(俗に言う“熊公”のことではありませぬぞ)も、みんな歯ぎしりして気合入り過ぎですぞい――と、そこへ吾が輩の目に入っ
てきたのが刃物屋さんですな。別に山刀や七徳ナイフなんぞ買う気はさらさらございませなんだが、我輩ちょっと気になる品物がありましてな、それは……いわ
ゆる
“スイッチ・ブレイド”
でございます。あえて日本語には訳しませぬ。しかし、これって本っ物のスイッチブレイドでござろうか?
よくあるクシやドライバーになっているゴマカシ品ではありませぬか?
――ふむふむ、どう見ても、こりゃ本物のようですな。ああ、これが真品のスイッチブレイドの姿でありますか。映画で見るのと、同じだァ……(子供風に)。
してお値段は――おお、24DMとな。こりゃお買い得ではございますまいか!
しかし、吾が輩ここでも購入するのを躊躇しましてな。なにしろこの品物、ドイツでは購入できても、果たして日本に持って帰れるか、というのが考
えものでございますからな。ま、ここはまだ時間があるということで、吾が輩気を取りなおして、無理にもほかのお店に気持ちをねじ曲げて、ショーウィンドウ
の前から去った次第でございます。
とは言え、先刻も申しました通り、あの二つの品以外はや
はり吾が輩の注視を受けることはありませなんだ。ちなみに、通りには個々のお店のほかにもデパートが軒を連ねておりますが、どうも一つの建物を一つの店舗
で占有しているということは至極まれなようですな。たいていは複数のテナントが入るようになっておるようですわい。
お土産屋さんには、当然ミュンヒェンをベースにしたさまざまな品が並んでおります。定番の絵ハガキをはじめとして、ビアジョッキ、紋章をあしらった旗、T
シャツ、帽子、そして日本の観光地でもおなじみ、二等辺三角形のテナントなどなど……そのどれもが、決まって水色を基調としたデザインが為されておりま
す。多いのが水色と白のチェック模様でありまして、義妹の解説しますところによりますと、水色と白はバイエルンのシンボルカラーなのだそうでございます。
ですから、新市庁舎に飾られた旗も、同様のチェック地にミュンヒェン市の紋章を掲げてございます。ちなみにミュンヒェンとは、
“修道僧の街”
なる意のようでございますわ。して、よって街のシンボルマークは、袖幅が広くフード付きのローブ長衣を着た修道僧でございます。
なれば、吾が輩の姓であるミュンヒハウゼンも、“修道僧の家”
という意味になるのでございましょうかのう?
そしてオマケながら、日本でもベンツと高級車の誉れを二分するBMWは、このミュンヒェンが発祥の地なのでございます。BMWのBはバイエルンのB、なの
でございますぞ。そして丸を四分した白と水色のあのマークも、ひとえにバイエルンのシンボルカラーからきていることは必定。また、丸が四分されているの
は、かつて飛行機(というよりは軍用機)メーカーだった頃の名残りで、プロペラを表しているのだとか――。
そうこうするうちに、すでに吾が輩一行はカールス門に
到着しました。大きな噴水の向こうにあるドーム付の建物は裁判所だとのこと。お、ここにもマクドナルドがありますぞ。店名もドイツ語と日本語と、なんとア
ラビア語の三つで表示されておりますわい。アラビア語とは、これはもちろんイスラム教圏からの来訪者むけのサービスではござりましょう。たしかに、往来で
結構白い布をかぶったイスラム女性を連れた一行を多く見かけますが、彼らはいずこからやって来られたのでありましょうかな?
イラン……ああ、あすこはペルシャ語ですな。するとやはりサウジあたりでございましょうか――それにしても、ハングルは無いけど日本語があるというのは、
よほど日本人がいろんな意味で進出しているということなのでございましょうなぁ。でも、韓国の方々もかなりドイツには観光に来ていらっしゃるとも聞きます
が、あちらの場合は英語できちんと会話をするので(できれば、会話はその行った国の言語を使用するのが礼儀である、というのが吾が輩の持論ではございます
が)、特に必要を認めない、ということでございますかな?
さすれば、日本人は優遇されているのか、それとも惰弱に思われているか、どちらでございましょうかな?
おお、これまた失礼をば。母国語もマトモにできぬ吾が輩が、こんな大層なことを言えた義理ではございませんがな。
さて、吾が輩一行はカールス門からまたS−BAHNに
乗って、一駅だけにございますが中央駅までまた行きました。その理由は、義妹が語学学校に通っていた時によく食べに行った料理屋で夕食を摂るためにござい
ます。そこはイタリア人の経営になる、どちらかというと夜のバーのほうがメインのお店でございましてな、ちょいとかわいいイタリア娘がウェイトレスをして
おりました。この店の特徴は、どうも隣のトルコ料理の居酒屋と共同経営になっているそうで、たしかにトイレを借りに行ったところ、店舗は奥でつながってお
りましたわい。それはさておきここのお店、天井のファンがネジ止めからボッコリはずれておりましてな、わずか電線のみでぶら下がっているという非常にスリ
ルのある店内でございましたわ。ありゃ電線が切れたら、下にいるお客さんの首の二つはちょん切れてしまいますぞ。店長も判っていないはずはないのでしょう
が、言ったところで直すかどうか、というのは義妹の言ではございます。
さて、ではここで何を食したのかと言いますと、もちろんイタリア系のお店なのですから、まぁ月並みながらピザにパスタといったところでございますが、義妹がことさらにこの店にこだわったのは、ケバブが食べられるから、ということでございました。ケバブは日本でも確か
“ドネル・ケバブ”
なるお店がありますゆえ、いずこかで食することができるはずですぞ。見つけた際はどうぞお試しあれ。
吾が輩、ケバブを食べるのは初めてでございましてな、あの独特の調理器具であぶった牛肉を削り落とし、ハンバーガーよろしくパンにはさんで食するのですが、これが程よく吾が輩の味覚のツボに入りましてな、美味しくいただきましたわい。
ただ惜しむらくは、ちとピザを多く頼みすぎましてな。 残った分はテイクアウトにしてもらいましたわ。でも、あのウェイトレス嬢は終始一人で店を切り盛りしておりましてな、吾が輩一行からカウンター、果ては外 のテーブルのお客さんまでも給仕しておりましたわ。義妹が言うには、彼女はずっとこうして一人で接客をしているとのこと。経費削減なのかどうかは知る由も ありませんが、これはちとあんまり、と吾が輩気の毒に思うことしきりでしたが、いかんともできる事ではありませぬゆえ、ピザを入れてもらった箱を小脇に、 複雑な気持ちで店を後にした次第でございましたわい。
あとは、S−BAHNに乗って一気にローゼンハイマー通りへ。ホテルに戻り、明日の出立は早いことゆえ、今夜はとりもなおさず就寝とあいなりました。これにてあっけなくも、第二日目の終幕となります。おそまつ。
1999.8.21 (C)Mephistopheles von Muenchhausen